コンセプトのようなもの。「茅葺きの世界観」

羽後町を訪ねて町内を車で巡っていた時、一軒の崩れかけた茅葺きのお家を見かけました。壁も屋根も半分ほどは崩れ落ち元の野原に戻っていくその様子を見て、一軒の茅葺き民家が姿を消してしまう切なさとともに、仄かに美しさのような感覚も覚えたのです。

思えば生まれてから都市部でしか生活をしたことがない私にとっては、「家」とは堅牢なコンクリートのことであり、地に足のつかないマンション暮らしのことで、家そのものが崩れてその場で地面に溶けていくなんて考えもしないことでした。その後、何かをきっかけにこんな言葉に出会うのです。

引き寄せて 結べば草の庵にて 解くればもとの 野原なりけり 夏目漱石『我輩は猫である』
掻き寄せて 結べば柴の庵なり 解くればもとの 野原なりけり 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

そうそう、コレコレ!
美しさを感じた理由はコレか、と。
そこらにある草や木や土を掻き集めて形にすれば粗末な家となり、人が住まなくなり用が済んだら自然と野原へと戻っていく。なんて素晴らしい世界観なんでしょう。世界観だけでなく、高気密住宅にはない素材の温かみもあるし、防犯ガッチリで守られた空間にはない、プライベートとパブリックの曖昧な境界線がもたらす人付き合いがあります。

お世話になっている方に聞きました。
「鍵はかけないんですね?」
「鍵、ありませんから。」

皆でそうしましょうよ、という話ではなく、それが成り立つ社会を失うことなくいつまでも大切にしていきたいですよね。

茅葺き「一条恵観山荘」